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世にも恐ろしい「有言実行」 ノ巻

言ったことは必ずやる、有言実行マン・店長。
しかし、店長の「有言実行」は一般に立派といわれるそれとは何かが違う。
たとえば、「おれは会社をやめてラーメン屋を開く!」と、上手いと評判の店で修行を積み、遂に自分のラーメン屋開店の夢を果たすのも、ひとつの有言実行パターンだろう。

が、このパターンをもし店長が実行に移すとどうなるか。
まずもって、「ラーメン屋を開く」と言った時点で、物件契約も内装工事も開店準備すら完了している。
自分を信じる強い気持ち、ただそれだけ持って生まれてきたヤツの頭に、人に教えを乞う修行などという考えは最初からない。ゆえに、「会社を辞めた」「ラーメン屋をやる」と彼が言った時点で、もうハコはできている。そしてそれを初めて聞く家族は、寝耳に水。それも洪水レベルの濁流が一気に耳から流れ込むような最大級の初耳にもかかわらず、すでにラーメン屋は「いつかの目標」という先の話ではなく、それを彼がクチにした瞬間、「今すぐ何とかしなければ間に合わない非常事態」になっている。1日も早く、明日にでもオープンしなければ家賃や経費が発生するという、のっけから尻に火が付いてる状態だ。なぜ、そんなことになるのか。なぜなら、それが店長、だからだ。

そう、店長の有言プランは、店舗空間設備、機器道具類の調達、契約書類の準備などハード面は万端なのだが、「厨房は誰がやるの?」「スタッフは?」「仕入れ先は?」「店の宣伝は?」というより、いきなり明日オープンしていったい「誰が来るの?」というソフト面に関しては、驚愕のノープランで挑むのが通常である。
しかも、そんなプロジェクトを店長が語り出したときすでに主語は「We」、そしてひとことも参加するとも協力するとも言っていないにもかかわらず気づいたときには「Our Project 僕たちの目標」になっている意味不明….

夢に向かって突き進む本人はそれでいいのかもしれないが、迷惑なのは、そんな夢のブルドーザーに突然ぶつかられ巻き込まれるハメになった身近なチュンチュンとアヒル。とりわけ「何をすべきか、どうするべきか」を瞬時に悟ってしまう理解力、空気を読む感性に優れ、その場の状況にやむにやまれず対応してしまう日本人ほど、店長ドリームという名の「やるしかない窮地」、「選択の余地のない崖っぷち」に立たされ、できる限りのことをやってしまうことになるからだ。

それこそ、「女房とは別れる」という言葉通り、きっちり離婚して妻や子どもの養育費云々という責任を背負いケジメをつける。それもやはり、クチでは言えてもなかなかどうして実際にはできることではない、有言実行戦士なればこそ。
だが、これもまた店長がそれをするとどうなるか。
こっちはそこまで深入りするつもりはなくそうなっただけだとしても、奥さんと別れて欲しいなどひとことも言ったことも思ったこともないにもかかわらず、驚くべきスピードであっという間に離婚して、心ひとつ、愛ひとつで明くる日にはやって来る。「いやいや、ちょっと待って」と止める間もなく。
なぜなら、そうした方がキミにとって良い、「good for you」と思った時点で、店長はそうする。そして、そう思われた方は、何が何だか分からないままそうする他なくなる。つまり、店長とは、そういう生き物なのである。

これまで、そんな店長の有言実行によって痛い目にあってきたチュンチュン。
その最も痛かった有言プランは、タイでの突撃インプラント手術である。

あれは2年前の夏。店長のマレーシア出張のついでに、フィリピンのセブ島でバカンスを過ごすことになったのだが、テレビと本と駄菓子と銭湯が最上の娯楽と信じて疑わない昭和の浪花っ子のわたしにすれば、青い海、トロピカルな太陽、魚たちと戯れるダイビングや南の島の楽園リゾートという健全でアクティブな楽しみというものにおよそ縁もなければ興味もなく、行ったこともなければ行きたいと思ったこともない。

さも気が進まない口ぶりで「セブ島なぁ… 海と自然しかないリゾートで何したらええねん」とつぶやくと、「やることは、インプラントだよ!」と、思いもよらない店長サプライズ。
そう、店長と行くセブ島プランには、「フィリピンの歯科医でインプラント手術」というオプション体験が付いていたのだ。

確かに、もうかれこれ8年近く、左奥歯三本を失った状態で、右でしか物が噛めない
歯抜けの苦労を噛みしめてきたこのわたし。
そのうち抜かなければならない根っこに爆弾を抱えた歯も1本2本どころではない。
日本にいたときも、歯医者に行くたびインプラントを強く勧められるも、
そんな金はどこにもないとその場しのぎの保険治療でしのいできたクチである。
いよいよとなったら、総入れ歯になることもやむなしと、あきらめるしかないとあきらめてきたけど、けどよ。いやいやいやいや、ちょっと待て。
だからといって、なぜそれを、いきなり、しかもフィリピンで、今、やらなあかんねん !!!!!

医者はみな儲かるから、さも簡単そうに言うけどよ、歯茎切ってめくりあげて歯骨にドリルで穴空けてネジ打ち込むようなそんな口腔突貫工事、どう考えても痛くないはずないではないか。
しかも、それを日本でやるとしても不安しかないような手術を、あえて言葉のままならない上に腫れや炎症に大敵の常夏の南の島でやってみたいやつが、どこの世界にいてるねん!

しかし、言ったことは必ずやり遂げることしか頭にない店長は、自分にも相手にも「あきらめる」ことを許さない。

「ボクは、キミと最初に会ったときに言ったはずだよ。
キミの哀れで醜い歯を(ほっとけよ)、僕が必ず修復してみせるって」

言われてみれば、そんなような大層なことを言われた覚えはある。
何しろ一生自分の歯で噛む幸せなど自分にはないと、親を恨み、不遇な運命を恨むしかなかったわたしにしたら、たとえ歯の浮いたような英語でもそんな親切なことを言ってくれたその気持ちに感謝して「ありがとう。そうなったらいいね」くらいのことは返したかもしれん。
けれど、そんなもん「言うただけ」やん….。

そして、ここが、冒頭からしつこく何回も繰り返しお伝えしてきた店長の空恐ろしい実行力のなんたるか。わたしがその「インプラント・リゾート計画」を店長のクチから知らされたその時点で、フィリピンの歯科医予約は既に完了し、その日程で航空チケットも手配され、その予定で現地のホテルも予約済み。
キャンセルするにもキャンセル料を払わねばならない現実を前に、そこに選択の余地はない。店長の有言プランは、それを明かされた時点で既に「実行」済みなのである。

で、結局、それからどうなったか。
店長と2人、セブ島には行ったものの、そこでお約束のバトル勃発。
あまりにも険悪極まりない空気にわたしはもうここからシンガポールへ飛んで日本に帰ろうとしていたのだが、店長も店長で、このままではせっかくのバカンスが最悪な結末に終わることを何とか回避しようと、急遽タイにバカンス先を変更。

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得も言われぬ腹立たしさで一睡もできず、さざめく波の音を聞きながら膝を抱え佇むセブ島の一夜。 「今、アイツを締めて海に捨てたとして、ピラニアとか居てるんかな…?」と、燃え出る太陽に問いかける朝。

そして、必然的に、フィリピンの歯科医はキャンセル。ああこれで、恐怖のインプラント手術から逃れられると思ったわたしが甘かった。
タイ郊外の山の上にあるバンガローにやっとこさ落ち着くやいなや、
「ハニー 今から街に出てインプラントのできる医者を探しに行くよ!」…..
何があっても言ったことは必ずやる、やる気しかない店長がそこにいる限り、約束は果たされるのである。

そうして、キツネか狼かようわからん動物マークの入ったヘルメットに「Jack Daniel」のタンクトップを来たポッチャリの原付バイクの背中にまたがり、微笑みの国タイのチャレンジロードを半泣きでひた走るしかないチュンチュン。

飛び込みでインプラント手術という無謀にも程がある挑戦の結果は、散々痛みに耐えた4時間の手術のあげくネジを入れる段で失敗されるというとんでもなく「やっぱり」なオチで終わったことは予想通りである。
結局、パリで再手術を行い(ほな最初からパリでやれよ…)、不要な痛みとムダな苦労、春節の中国人形みたいにぶさいくな臼顔に腫れ上がるときを経て、ようやっと「噛める幸せ」に満ち溢れたわたしの歯をのぞき込み、「キミの歯は、僕の責任だから。ちゃんとやり遂げただろ? 」と、自らの実行プランの成功を自信満々アピールする店長。

ひとの歯のことを自分のことのように心配しケアしてくれたその気持ちはありがたいといえばありがたい。
が、そんな Thank youと同じだけ腹の底から沸き上がる心の声は、
「しばいたろか」。

店長の有言実行プラン、それは、感謝と殺意を同時にもたらす天国と地獄の黙示録なのである。

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タイの歯科医で飛び込みでインプラント手術という店長の有言プランを実行され、失敗されるチュンチュン。

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